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レパード (LEOPARD) は、日産自動車1980年から1999年まで製造・販売された高級パーソナルカーである。本項では1992年 - 1996年まで生産されていた「レパードJ.フェリー」についても述べる。

概要


1980年、810型ブルーバード「2000 G6」シリーズの事実上の後継車種の位置付けとスカイラインローレルに続く上級車ラインアップの一角を担うべく登場した。1999年のモデル消滅までの19年間、商品企画の変転が大きく、初代はブルーバードベースの上級2ドア/4ドアハードトップ、2代目はスカイラインをベースにし、ソアラを強く意識した高級2ドアクーペのみ、そして3代目と4代目はセドリック / グロリアベースの高級4ドアセダンのみという変遷であった。

一貫したコンセプトを持ち続けられなかったことから、レパード自体は確固たるブランド力を構築出来なかったが、その後の同社のインフィニティ・QMG(それぞれ日本国内のシーマフーガスカイライン)をはじめとした高級パーソナルカーにその経験は生かされており、この3車が事実上の後継モデルという位置づけにある。

歴史

初代 F30型系(1980年 - 1986年)


当時、東京都杉並区荻窪にあった旧・プリンス自動車工業の開発拠点において車両開発された。910型ブルーバードをベースに、北米向けに直列6気筒L24Eを搭載した「G910型 マキシマ」を基礎としている。610型ブルーバードUの「2000GT」シリーズや810型ブルーバードの「2000 G6」シリーズに設定されていた直列6気筒エンジン搭載の上級グレードの後継車種である事から、ブルーバードをメインに取り扱う日産系販売会社の取扱車種として発売された。

ボディタイプは4ドアハードトップと2ドアハードトップだった。これに加え、チェリー系販売会社向けの姉妹車として「レパードTR-X(トライエックス)」も設定された。レパードの異型ヘッドライトに対し、TR-Xは規格型の角型4灯ヘッドライトを装着する。

初代(F30型)は、さまざまな「世界初」や「業界初」(最近普及してきた燃費計やフェンダーミラーワイパーといった役に立つかどうか不明のものも含む)を携えて登場した。また、スタイリングには、910型ブルーバード、430型セドリック/グロリア同様、ピニンファリーナの手が入っており、リアウインドウに使われたベンドグラスやCピラーとリアフェンダーを面一としない手法(キャビン後端の幅を狭め、Cピラーの後ろを絞り、ボディー全長にわたるショルダーラインを際立たせる)は、国産他車に先駆けるものであった。ただ、車体幅が5ナンバーサイズであったため、現代の車と比較すると前後の絞りは少なく、細長い。スタイリングの先進性に比べエンジンが旧態依然としたL型エンジンと凡庸であり、同クラス車のソアラが「GT」系グレードにDOHCエンジンを搭載していた(当初は2800ccのみ、後に2000ccも)事に比べ見劣りしていた(レパード発売当時、日産自動車にはまだ相応しい新型エンジンがなかったため)。1984年登場のフェアレディZ 300ZXと共通のVG30ET型エンジンJISグロス最大出力230馬力)が唯一の新型エンジンだった。

  • 1980年10月 - 初代F30型登場。エンジンは4気筒1800cc(Z18型)・6気筒2000cc(L20E型)・6気筒2800cc(L28E型)の3種類。
  • 1981年7月 - 2000ターボ車(L20ET型)を追加。グレードはGX/SGX/ZGX。
  • 1982年9月 - マイナーチェンジラジエーターグリル/テールライトを変更し、AT車はオーバードライブ付の4速に変更。L20ET型を搭載する最上級グレード「ターボZGXスーパーエディション」が追加された。既存モデルは車種の見直しとグレード名変更が行われ、F→GX.CF→SGX.SF→ZGXに変更すると同時に3ナンバー車の2800cc(L28E型)エンジン搭載車は廃止された。
  • 1984年6月 - 2年ぶりに3ナンバー車の復活となった230馬力を発揮する3000cc・V6ターボ(VG30ET型)「300ターボグランドエディション」追加。60扁平タイヤ&メッシュタイプのアルミホイールを装着。

2代目 F31型系(1986年 - 1992年)


前述の通り、ブルーバードに6気筒の「マキシマ」が登場した事やトヨタ・ソアラを競合車種として強く意識した結果、姉妹車だったレパードTR-Xを統合した上で(パルサー販売店でもレパードを販売)2ドアクーペのみのラインナップとなった。また、同時期のスカイライン(R31型)と基本設計を共用し、開発コストを抑えた。

開発主管は、ローレル(C32型)、スカイラインR31・R32型の開発主管を務めていた旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が担当していた。

エンジンは全てV6で、前期型がVG30DE型(V6-3000DOHC、185ps)、VG20ET型(V6-2000SOHCジェットターボ 空冷インタークーラー付き、155ps)、VG20E型(V6-2000SOHC、115ps)の3機種。マイナーチェンジ後の後期型はVG30DE型は200psとなったほか、VG20ET型に替わりVG20DET型(V6-2000DOHCセラミックターボ 水冷インタークーラー付き、210ps)、また3000ccエンジン搭載車にもターボモデルが加わり、シーマ(FPY31型系)に搭載されたVG30DET型(V6-3000DOHCセラミックターボ、255ps)が新たに搭載された。前期型VG20E型搭載車のみMT車が設定された。サスペンション形状はフロントがストラット、リヤがセミトレーリングアームであった。

なお後期型に搭載されたVG30DET(V6-3000DOHCセラミックターボ、255ps)は、世間一般的にはシーマ用と解説されるが当初の企画ではレパード開発チームがトヨタ・ソアラ(230ps)に対抗する為に開発していたエンジン。シーマも当初は、ノンターボで開発が進んでいたがライバルをクラウンだけではなく当時人気のソアラも視野に入れ、途中でターボ搭載が決まった。開発時間の問題からレパード開発チームのVG30DETを日産の社運を賭けた新型車種である初代シーマに譲った形になった事は意外と知られてはいない。正式発表順でシーマが先ではあるがゆえにシーマ用ユニットと言われている。ただし開発順でいけばシーマ用ユニットを搭載ではなくレパード用ユニットをシーマに搭載と解釈するのが正しい。

エクステリアは先代のイタリア的近未来スタイルに対し、ソアラ(初代)やBMW 3.0CSをリスペクトしたようなクラシカルなデザインへと変わり、細部の仕上げにも相応の注意が払われている。外板の塗装も高品質仕上げ外板の表面に微細なヘアライン状のスクラッチ加工が施されたレーザーミラー鋼板が用いられており(この鋼板を用いることで、塗装後のボディの表面が美しく、滑らかに仕上がるというメリットがあった)、また、ホワイト等のソリッドカラーを除き、4層コート(多層ベーク)塗装が用いられていた。が施されていた。

特別仕様車「アルティマ tuned by NISMO」が設定された。

  • 1986年2月 - F31型にモデルチェンジ。ラインナップはアルティマ(VG30DE)、XS-II・XS(VG20ET)、XJ-II・XJ(VG20E)。
  • 1987年6月 - アルティマ、XS-IIに「グランドセレクション」追加。ハイテクウールシート、カラーテレビ、および光通信ステアリングスイッチ、AVシステム(アルティマグランドセレクションに標準装備、XS-IIグランドセレクションにオプション)を装備。
  • 1987年10月 - 東京モーターショーにて「アルティマX」を参考出品。これはアルティマをベースとしたオープンカーで、専門誌では状況次第で市販化されるとの憶測があったが、発売には至らなかった。
  • 1988年8月 - マイナーチェンジ。VG30DET型の追加、VG30DE型の出力向上、シングルカムターボのVG20ET型に替わりツインカムターボのVG20DET型に変更。VG20E以外のエンジンはプレミアムガソリン指定。ラインアップは、アルティマ V30 ツインカム ターボ(VG30DET)、アルティマ V30 ツインカム(VG30DE)、XS V20 ツインカム ターボ(VG20DET)、XJ V20E(VG20E)。メッキ部品を減らし、丸みのあるデザインとなった。アルミホイールのデザインも一見すると前期と同一だが、リム部をはじめとして全体的にやや彫りの深いデザインに変更されている。同時期の日産車に共通のダッシュボードも、大幅に形状が変更された。前期型で人気の装備だった、全面ブルー液晶の「グラフィカル・デジタルメーター」は廃止され、アナログのホワイトメーターとなった。AVシステム、サンルーフ、本革シートがアルティマ V30 ツインカム ターボに標準装備、その他のグレードにオプション設定された。中折れ機構を持つ「パートナーコンフォタブルシート」は、全グレードに拡大採用された。また、アルティマ専用装備であった「スーパーソニックサスペンション」は、アルティマ V30 ツインカム ターボ、アルティマ V30 ツインカムだけでなく、XS V20 ツインカム ターボにまで拡大採用された。
  • 1989年 - アメリカ合衆国では、F31型をベースにしたインフィニティM30が発売され、これにはコンバーチブルの設定もあった。また、F31型をベースにオーテックジャパンとイタリアのカロッツェリアザガートと合作した「オーテック・ザガート・ステルビオ」も発売された。


ファイル:1986-1988 Nissan Leopard XJ-II.jpg|前期型 XJ-II フロント
ファイル:1986-1988 Nissan Leopard XJ-II rear.jpg|前期型 XJ-II リア

3代目 JY32型系(1992年 - 1997年)


ベースとなったスカイラインがR32型へ世代交代する中でレパードの開発は中止となったが、日産店のラインアップに穴が開くことに対する販社の抵抗も大きく、次期レパードは「インフィニティ J30」の国内投入で継続されることが決まった(当初、J30は日本導入の予定は無かった)。この結果、4ドアセダンのみの設定となり、車名も「レパードJ.フェリー」へと改称され、車の性格が変わったことをアピールした。「J.フェリー」とはフランス語の「祝日」の意を英語風に発音した造語である。

フェラーリマセラティにも収められているイタリア、ポルトローナ・フラウ製の本革シートをオプションで用意する(このシートの価格は約80万円もしており、普通の本革シートも約50万円)など、セドリック / グロリアと比べても、よりパーソナルな高級車としての印象が強く、又これ迄のモデルと較べてもスポーツ性が大幅に抑えられ、完全なラグジュアリー志向になっている。ブラック内装は用意されてない。

エンジンは、シーマ用のV型8気筒 DOHC 4130cc VH41DE型(270ps)と先代F31型にも設定されたVG30DE型(200ps)の2種類で、それぞれに電子制御の4速フルオートマチックミッションが組み合わされる。VH41DEモデルのみSuper HICASが装備される。シーマ・セドリック/グロリアとは異なり、ターボ仕様は設定されてない。また、北米向けJ30にはV6のみであった。

同時期のY32型セドリック/グロリアのVG30DE型搭載車に関しては、国内ユーザーの声を反映した5速ATが組み合わされているが、J.フェリーではJ30型からの大きな変更は見送られ、4速ATのみとされた。

エクステリアデザインは北米専売車種のアルティマを含む同時期のブルーバードセダン(U13型・SSS/EEXシリーズ)同様、カリフォルニアデザインセンター(NDI)の意見を大幅に取り入れた、リアエンドの下がった、いわゆる「垂れ尻」のプロポーションとなった。

一部の自動車評論家からは絶賛を受け、メイン市場となる北米でも好評を得たが、日本国内では逆にそのアクの強く高級車としての威厳が感じられない「垂れ尻」のプロポーションや、同時期のブルーバードARXに似た押し出しが無く貧弱なフロントマスク、そしてリアドアの小ささや後席の狭さが実用上のネックとして敬遠されたモデルでもあった。しかし、後年、その個性的な存在感から車趣味人の足グルマやドレスアップのベース車として再注目を浴び、J.フェリーを専門に扱う中古車業者も登場した。

日本車としては初めて、助手席エアバッグを全車に標準装備した(レスオプションも選択可)車でもある。日本国内での総販売台数は約7,300台。

  • 1991年10月 - 第29回東京モーターショーにJフェリー出展
  • 1992年6月 - J.フェリー発売

4代目 JY33型系(1996年 - 1999年)


車名を「レパード」に再改称。開発時期がバブル経済の絶頂期と重なり、贅沢な設計のなされたJY32型からは一転、メーカーの経営不振といった逆風の中で開発されたJY33型レパードは、Y33型セドリック/グロリアの主要コンポーネントの大部分を流用するコストダウンが図られた。しかも、セドリック/グロリアと中身がそれほど変わらない車であり、この事がレパードの評価を大きく下げる結果となった。

ボディは4ドアハードトップのみ。ドアアウターパネルおよびインストゥルパネルの形状はY33型系セドリック/グロリアと共通。エンジンは前期型がVQ30DET(V6-3000DOHCターボ、270ps)、VQ30DE(V6-3000DOHC、220ps)、VG30E(V6-3000SOHC、160ps)の3機種。マイナーチェンジ後の後期型でVQ30DEとVG30Eは廃止され、代わりに直噴式のVQ30DD(V6-3000DOHC、230ps)と、VQ25DE(V6-2500DOHC、190ps)、F31型にも設定されていたVG20E(V6-2000SOHC、125ps)、4WD車専用としてRB25DET(直6-2500DOHCターボ、235ps)が追加された。

グレード構成もグランツーリスモやブロアムといった区別こそ存在しないが、内容的にはセドリック/グロリアとほぼ同じような構成となり、登場当初は後席関係の装備を充実させたトップグレードのXV-Gを筆頭に、以下XV、XR、XJと続いた。
足回りはセドリック/グロリアのグランツーリスモと同じ仕様とされ、XV-GとXVにはSUPER HICAS仕様も用意された。

日産自動車初の直噴エンジンVQ30DDを搭載したモデルである。

総販売台数は、前期型が約10,000台、後期型が約2,000台であった。

  • 1996年3月 - JY33型にモデルチェンジ。ラインナップはXV-G/XV(VQ30DET)、XR(VQ30DE)、XJ(VG30E)。

  • 1996年7月 - VG30EのXJをベースにした特別仕様車XJ-Sが登場。
  • 1996年8月 - サイドエアバッグがオプション設定に追加される。
  • 1997年1月 - XJをベースにVG20Eエンジンを搭載したXJ-Limitedが登場。
  • 1997年10月 - セドリック/グロリアに合わせてマイナーチェンジ。ラインアップはXV-G/XV(VQ30DET)、XR(VQ30DD)、XJ(VQ25DE/VG20E)、XJ-four(RB25DET)。新開発の直噴式エンジンVQ30DD型のXRを追加。(発売は同年12月から)RB25DET型を搭載した4WD車のXJ-fourを追加。XV/XR/XJにスポーツバージョンのグランスポーツを追加。VQ25DE型の追加、VQ30DE、VG30E型の廃止。
  • 1999年6月 - Y34型セドリック/グロリアに統合する形で、JY33型生産終了。


ファイル:Nissan Leopard 013.jpg|インパネ

車名の由来


「leopard」とは、英語で「」(ひょう)の意味。

販売チャネル


  • 初代 - 日産店 (ブルーバード販売会社)
  • 初代TR-X - チェリー店 (パルサー販売会社)
  • 2代目 - 日産店、チェリー店
  • 3代目 - 日産店
  • 4代目 - 日産店、サニー店

関連項目



注釈

外部リンク



日産の車種
セダン



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』