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1991年


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世界史、特にヨーロッパ史では、ソ連崩壊を境にして、1991年までを「近代」とする見方がある。ただし、東欧革命ベルリンの壁崩壊が起こった1989年を境に「近代」と「現代」に分ける見方もある。詳しいことは「現代」を参照。

他の紀年法



※主体暦は、朝鮮民主主義人民共和国1997年に制定された。

カレンダー

できごと


天候・天災・観測等


  • 6月 - フィリピンピナトゥボ山が大噴火。20世紀最大規模。
  • 6月3日 - 雲仙普賢岳で大規模な火砕流発生。報道関係者なども巻き込まれ43人死亡。
  • 台風19号 (俗称:りんご台風)による被害、全国で45人死亡。
  • (1990年12月~1991年2月)は北日本で記録的暖冬であったが、1月以降は東日本以西で寒暖の変動が大きいながらもほぼ平年前後の気温となり、2月下旬に強い冬型となった時期があったため、平年並みの寒さとなった。
  • (4月~6月)の気温は高く、西日本で降水量が多かった。
  • (6月~8月)は天候不順で夏型は安定しなかった。梅雨明けも遅れ気味で西日本では梅雨明け後猛暑となったが、8月に入ると太平洋高気圧が弱まり、前線や台風の影響を受けるようになったため、北日本から西日本で低温となった。なお、7月から前線の影響を受けた北日本では降水量が平年を上回り、梅雨明けも大幅に遅れたことにより冷害が発生した。8月は低温・冷夏傾向であったが、6月が記録的な高温で推移したため、夏全体の気温は全国的に平年をやや上回った。
  • (9月~11月)は台風の接近・上陸が多く、台風15号が関東に接近したことを皮切りに17号18号、19号が相次いで接近または上陸し全国的な被害をもたらした。10月以降も台風21号が西日本から東日本にかけて接近し、月末には台風23号が南西諸島に接近するなどした。9月~10月の気温は高めだったが、11月以降は気温は平年並みに落ち着き、秋の気温は東日本以北で高めであったが、西日本以南は平年並みだった。

芸術・文化・ファッション

1991年の文学


1991年のテレビ


1991年のラジオ


1991年のアニメ


1991年のゲーム


1991年の音楽


1991年のスポーツ


1991年の流行


1991年のコマーシャル

キャッチフレーズなど 商品名など メーカーなど 出演者 音楽
JR東海 大地康雄他 原由子
JR東日本 小泉今日子
サントリー チャーリー浜
唐沢寿明 東京バナナボーイズ
画王 松下電器 津川雅彦
リクルート 河内家菊水丸
NEC 財津一郎(ナレーション) 佐藤雅彦
大阪府 月亭八方(ナレーション)
第一生命 岡村孝子
武田薬品 アーノルド・シュワルツェネッガー・吉本新喜劇 じんましんや
ピップフジモト レジー・ベネット
オロナミンC 大塚製薬 槙原寛己・斎藤雅樹水野雄仁 真木ひでと
味の素 牧瀬里穂
アサヒビール ビートたけし・ガダルカナル・タカ井手らっきょ
冬がはじまるよ サッポロビール 北浦共笑 槇原敬之

1991年の世相


  • ソ連の崩壊は、すでにマルタ会談で終結していた冷戦時代が完全に過去のものとなったことを示すとともに、共産主義の敗北を意味すると捉えられた。日本共産党など一部を除き、ソ連に批判的なグループも含めた社会主義勢力は総崩れとなった。
  • この頃からバブル崩壊が表面化してくるが、後の平成不況の足音はまだ遠く、この当時に不況入りを実感していた者はごく僅かであった。

誕生

1月


2月


3月


4月


5月


6月


7月


8月


9月


10月


11月


12月


不明

死去

1月


2月


3月


4月


5月


6月


7月


8月


9月


10月


11月


12月


ノーベル賞


脚注



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